西安の「蔦屋書店」、わずか三年半で閉店へ。
西安の「西安邁科中心・蔦屋書店」が、10月8日をもって閉店することが発表されました。
同店舗は、2021年3月、中国3号店目にして、西安初の「蔦屋書店」としてオープン。西安の経済特区として開発の著しい高新区のビジネスセンター1F・2Fを改装して入店し、壮麗な内装は多くの来店者を魅了しました。
また、ただ書籍を販売するのではなく、1Fは「Trend & Solution」をテーマとして、新たなワークスタイルの提案、課題解決につながる場所を志向してきたそうです。書籍・雑貨を通じて最新の情報や流行を感じられように、また、西安という立地を活かし、西安を中心に中国・世界の歴史書籍を取り揃え、「温故知新」を体現すること、さらに、カフェやシェアオフィスを併設、書店員のオススメ書籍の書棚も用意するなど、多くの仕掛けが施されました。
2Fのテーマは「Imagination & Inspiration」とし、アート、デザインなど創造力に働きかける書籍、新たな日常を提案するセレクトアイテムを揃え、一方ではKIDSスペースも作り、親子での来店も想定した店舗作りにチャレンジしてきたようです。
上記、1F・2Fの店舗作りの方向性は、オープン当時のプレスリリースから抜粋した内容ですが、どのような店・場所を目指してきたかは、以下のプレスリリースの最後の一文に凝縮されています。
「西安邁科中心 蔦屋書店」では空間・風景・人・機能すべての良さが重なり合う地点に生まれる「居心地」を追求し、その居心地の良い空間の中で西安の知的欲求の高いお客様に向けた書籍や雑貨を揃え、「欲しくなるライフスタイル」を提案いたします。
なぜ、西安の「蔦屋書店」は閉店に追い込まれてしまったのでしょうか?同店舗が目指した「居心地」の追求、「欲しくなるライフスタイル」の提案は、消費者に届かなかったのでしょうか?
今回の閉店と、かつての「言幾又」閉店ラッシュの違い。
ちょうど昨年の今頃、中国でチェーン展開していたコンセプト書店「言幾又」の閉店ラッシュを取り上げた記事を書きました。(リンクはこちら「不可解な需給バランス 2023年8月19日UP)
当時は、消費者の需要に対して、供給が過剰になっている、という趣旨で記事を書いたのですが、今回の西安の「蔦屋書店」の閉店は、需給バランスのおかしさというよりは、需要を創造することが困難だったという、現在の中国のリアル書店が抱えるより本質的な課題を表しているように思えました。
昨年、「言幾又」の閉店ラッシュに受けた印象は、まさに「不可解な需給バランス」というものでした。とにかく、需要もまだ不透明な中で、投資が先行し、店舗が増えていく状況。「言幾又」は、最大時で全国に60店舗以上もの数が展開されていたようなのですが、一転経営が苦境に陥ると、閉店ラッシュに追い込まれます。
近年、消費者の書籍購入がオンラインに傾いていく中で、結果論とはなってしまいますが、果たしてどれだけの勝算を持ち多店舗開店・運営に臨んでいたのか、疑問が残ります。
この、積極的な投資を背景にした急速な拡大、経営苦境による慌ただしい縮小は、中国市場に独特の特徴的な動きとも言えます。(以前、別記事で取り上げましたが、コーヒーチェーンの「cotti coffee(コッティ/库迪咖啡)」が急速な店舗増の裏では大量の閉店があると第三者機関の調査で指摘されました。)
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本来、書店運営というものは、地に足をつけ、その地に根を下ろし、根気よく市民の生活に寄り添っていく中で「書籍・読書と生活を結びつけていく場」を創造していくところに価値があると思えるのですが、「言幾又」の場合は、需要を創造していくのに必要な時間に対して、投資がやや性急に過ぎた印象を持たざるを得ません。それも、内装や書架などへの投資に偏り、書店を地域の人と育てていく人材やオペレーション作りなど、ソフト面への力の掛け方は弱かった印象を拭えません。
たとえば、「言幾又」の口コミには、このような厳しい来店客の声が散見されます。
●中身のない本屋だ。本の陳列はめちゃくちゃで、一目で客のことを考えていない書店とわかる。酷いのは店舗の設計で、書架にほとんど本がない。高い棚には見栄えを良くするためだけの飾りの本が置かれている。店内の照明はあちこち点滅していて今にも壊れそう。真っ暗な場所もある。店内には工事中の一画すらある。レジの女の子にどうなっているのか聞くと、携帯いじりに忙しくて顔さえ上げない始末だ。
(原文:一个徒有其表的书店。书的陈列摆放混乱,一看就不是面向读者的书店,更多的是店面设计。书架上书寥寥无几,书架高处只是装饰书。很多区域的灯光闪烁像是要坏掉。很多区域甚至没有灯光。另外一些区域都是工地现场。向前台小妹询问书店情况,她甚至没有停下刷手机,眼皮都不抬地不耐烦。)河南省鄭州市/花園路万達坊店来店者/2024年9月
この口コミ一つから、「言幾又」のソフト面に全面的に問題があったと断定はできないにしても、書店運営においてなおざりにしてはいけないことを軽視している面は確かにありそうです。
一方で、西安の「蔦屋書店」の場合は、オープン時のプレスリリースからは、時間をかけ、市民生活に新たな書店のスタイルを提案していく意欲が感じられました。
そして、利用客の声からは、今回の閉店にショックを受けている様子が伺えます。
●残念ながら閉店らしい。西安でいちばん好きだった書店がなくなる。
(原文:可惜要闭店了,曾经在西安最喜欢的书店没有之。)
●置いてある本は非常に良い。2Fには独立したキッズエリアがあり、子供に読ませるのにぴったりの本が置かれている。2Fの別のエリアは商品エリア。1F、2Fとも喫茶エリアがある。2Fの螺旋階段は絶好の撮影スポット!でも、閉店するって話だ。
(原文:书籍都非常不错。二楼还有单独的儿童区,一些书有很适合小孩子看。二楼另一边是一个商品区,一楼二楼都有独立的咖啡区。连接二楼的旋转楼梯非常适合拍照!!不过听过要关门了。)
●蔦屋に来る度に本に読み耽っていたのですが、この夏は暑すぎて、久々に来てみたら書棚が空っぽでショックを受けました。店員に聞いて見ると、それでも開梱してしばらく経つというのだから、そのまま補充されないということは、まさか閉店するのでしょうか?西安でこんなに良い書店はなかなかないし、しかも自分の家からも近いのに・・。(もし閉店なら)本好きは皆辛いでしょう。根拠のない噂ならいいのですが、今日が、ここで本を買う最後の日にならないように・・。
(原文:受到惊吓了,在茑屋白看了那么久书,才数月没来(夏天太热),书柜就空了😭问了店员,说是打拆了一段时间,可这一直没补货是要闭店嘛?西安难得有这么好的书店,更难得的是离家这么近…爱书人表示很难过,希望是空穴来风,希望不是最后一次在这里买书…)
上記いずれも、西安蔦屋の来店者/2024年8月末〜9月
2021年3月の開店から三年半の月日の中で、着実に同書店にファンがつき、西安という歴史ある都市に、それまでになかった文化に触れるスポットとしての価値が生まれつつあったのではと感じます。
蔦屋以外にも、リアル書店が直面している課題。
中国の出版事情を分析したレポートによれば、近年チャネル別の売上比率では、リアル書店の比率は下降傾向にあり、最新1年では11.9%に留まったとのことです。
同じ分析レポートでは、今年の「618(中国EC大手「JDドット・コム」のセール)」期間中、JDドット・コムが、出版社に対して7〜8割の値引きプロモーションを求めたのに対し、北京の大手出版社8社が「7割値引きは侮辱的な価格」という声明と共に値引き要求を拒絶した一件に触れています。
同レポートでも述べられていますが、この一件からも、中国の書籍オンライン販売でいかに値引き幅が高くなっているかは如実に分かります。もはや、2割引からのスタートが当たり前で、半額がほぼ標準、知名度の低い出版社の一部の書籍は8割引の場合もあるようです。
当然ながら、書籍のオンライン価格が下がるほど、リアル書店の立場は厳しくなります。
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このような状況の中で、西安の「蔦屋書店」は、少なくとも目指した方向性としては、オンラインに対抗するには不利な書籍販売以外に、雑貨や衣料品の販売、カフェやワークスペース、イベント集客、体験教室による収入を志向すること、しかもそれを時間をかけて行い、来店客に新しいワークスタイル・ライフスタイルを提案していくこと、つまり「需要を創造していくこと」に重きを置いていたように見受けられます。
それが、少なくとも西安の「蔦屋書店」の場合、想定した成果を出せず、冒頭の閉店通知に見られる「経営戦略の調整」が必要となる事態に繋がったものと思えます。
実は、この西安「蔦屋書店」以外にも、書籍以外の雑貨など周辺商品、カフェの併設、イベントや体験教室などのスペース設置により、来店客に新しい価値を提案していくというスタイルは、近年の中国の大型書店では標準的なパッケージとなっている傾向があります。
「蔦屋書店」の場合、日本発の「TSUTAYA」ブランドに付随する信頼性や、アニメ・映画、アートなどを始めとする日本文化を享受できる場所という特徴はあるにせよ、大型書店はどの店も、大同小異はありつつも、書籍販売以外で収益を確保していく道を探っています。そして、その道は厳しいようです。
西安の「蔦屋書店」以外にも、重慶の大型書店「钟书阁(鐘書閣)」が今月9月17日に閉店する予定で、他にも、閉店の噂は尽きないようです。
以下は、重慶の「钟书阁(鐘書閣)」の閉店の発表を受け、最後に「打卡(SNS用に写真を撮りアップロードすること)」に駆けつけた来店者の画像です。
確かに壮麗な内装で、閉店する前に記念写真を撮りたい気持ちは理解できます。しかし、書店が継続していくには、欠かさず足を運び、本やそれ以外のものにお金を使ってもらえるファンを多く生み出すことが求められます。
中国のリアル書店の苦境には、日本の状況にも通じる共通の課題があると思います。
果たして、リアル書店が生き残っていく打開策はあるのか、新しい形態・価値提供の術を見つけ出す書店が生まれるのか、今後も注視していきたいと思います。
<参考資料:西安地产房剑「再见,西安茑屋书店!」、联商网「茑屋书店中国首次关店,实体书店出路在何方?」、蔦屋書店プレスリリース、大众点评网>
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